曹洞宗 常圓山 皎月院

皎月院TOP > 皎月院副住職 亨龍日記

季節

2020.07.01

今年の折り返し文月(ふみづき)となりました。

本日も雨です。

この梅雨の時期は、カビや食中毒などウィルスの繁殖に気を付けなければなりません。

この時期はおにぎりには梅干しが最適です。

ですが、生の梅は食べてはなりません。カリカリかも知れませんが、濃度の高い青酸が含まれているようですので、危険です。

梅干しには、疲労回復に効果があるクエン酸が含まれ、梅肉エキスには殺菌作用があります。昔から薬用や貯蔵食品として重宝されておりますね。

 

 

 

御詠歌

2020.06.30

水鳥

梅花替節として

若干のメロディーを変えた曲

「高祖常陽大師道元禅師第二番御詠歌」

この歌詞も道元禅師さまの詠んだ和歌の一首です。

『水鳥の往(ゆ)くも帰るも跡絶えて

されども道は忘れざりけり』

水鳥が水面を泳いでいます。右へ左へと自由自在に泳いでます。

水の中ですので泳いだ際の波はたちまち跡形もなくなります。

ですが、形跡はなくとも歩むべき道は忘れておりません。

 

 

御詠歌

2020.06.30

梅花

今月最終日です。

全国各地で大雨警報発令しているようです。

八王子も午後から雨となりました。

 

曹洞宗梅花流詠讃歌の「梅花」のタイトル1種4曲(節を少し変えた、替節含む)のなかの

「高祖常陽大師道元禅師第一番御詠歌」について

この曲は、密厳流の『密厳』というタイトルの曲よりメロディをそのままいただきました。ですので、梅花流の「梅花」となりました。

歌詞は道元さまのお言葉です。

荒磯(あらいそ)の 得(え)よせぬ 高岩(たかいわ)

かきもつくべき 法(のり)ならばこそ』

御詠歌ですので、五・七・五・七・七の三十一文字の短歌を詠んでおります。

なおこの歌詞は、『正法御和讃』の七五調の和讃の歌詞にも使われてもおります。

1243年 道元禅師さまは、

京都の南、深草の観音導利院興聖林禅寺(かんのんどうりいんこうしょうりんぜんじ)より

越前(福井県)志比へと移つられ、吉峰寺、大仏寺の建立をされ

1244年9月に大仏寺を永平寺と改められました。

それから1253年にご遷化されるまで、ひたすらに坐禅辨道、正法眼蔵の執筆等をなされました。

ですが、1247年8月より1248年3月までの半年間

一度だけ永平寺を離れ鎌倉へと布教教化に参られました。

その際、鎌倉幕府執権職の北条時頼との問答で

「仏法とはいかなるものか」

に対して詠まれたものが

「荒磯の波も得よせぬ高岩にかきもつくべき法ならばこそ」でした。

大きな荒波さえもよせつけないほど大きな岩にも、掻き付く海苔があるように、

どんなに険しく厳しいなかでも(当時戦乱中)、正しい仏の教えがあるならば

それを求め伝えようとする人々によって、書きつくし、書きのこされていくものである。

そのような思いのお言葉を北条氏にお答えになられた和歌です。

道元禅師さまは、道を求むる心があれば、必ず仏法が伝わるということを教えてくださいました。

 

私たちお唱えするものは、その想いを汲みながらしっかりと歌詞を詠み伝える必要があると言うことを忘れてはならないのです。

季節

2020.06.29

剪定作業

先週から始まりました境内の剪定作業

連日の蒸し暑さの梅雨空

まだまだ半分も終わりませんが

七月盆には間に合わせたいです。

禅のことば

2020.06.24

初めてお盆を迎える(新盆・初盆)

来月や再来月に初めてのお盆をお迎えになる仏さまがいる皆さま方へ

 

 

私の住んでいる地域では7月と8月それぞれの地域にてお盆 を迎えています。

お盆は年に一度、ご先祖さまを家にお迎えする行事です。

年に一度戻ってこられたご先祖さまが、ゆったりできるよう(ご先祖さまは、たーくさんいます)
部屋を用意しましたり、 ご馳走をどうぞ、という私たちの想いで、お仏壇に沢山のお供えを飾ったり、精霊棚(しょうりょうだな)を作られたり、お仏壇と同様以上に沢山のお供え物をこしらえております。

精霊棚ではとくにお馴染みなのが、

ナスやキュウリで作られた牛と馬です。
来る時は 馬に乗って、早く懐かしい我が家へ
帰る時は 牛に土産を積み、ゆっくりおかえりください。ということです。ご先祖さまを想う、昔の人の優しい心が偲ばれますね。

最近は住まいの事情で、家に仏壇がないお宅もあるようですが、
今回は「仏壇の目的が何であるか」を考えてみたいと思います。

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お仏壇は単に、ご先祖さまの位牌をまつるところではありません。
実は、何がまつられていようと「拝む人の心」が その本尊の仏像なのです。
皆、それぞれの心の中には「仏の心」がきっと必ずあります。(今はわからなくとも必ず手を合わせる時が自ずとあります)

お仏壇を拝むこと、
それは 自分の中に潜む「仏心」を拝むことに他なりません。

しかもお仏壇があるのであれば、お仏壇に向かって、お参りすることこそ意味があります。

六波羅蜜の布施、持戒、忍辱、禅定、精進、智慧を行じています。

仏さまに お水やお花を奉るという心は、
お布施(ふせ)=与えるということです。

そして、そのお花は 忍辱(にんにく)=耐え忍ぶことを表したものであり
怒りや腹立ちなどの煩悩を忍耐する、心の象徴とされています。

お線香をあげるのは、精進(しょうじん)=努力すること。
お線香は一度火をつけますと、燃え尽きる最後まで持続します。
私たちも最後まで辛抱強く、努力精進する心が大切です。

お膳を供えるのは、禅定(ぜんじょう)=心の安定。
腹が減っては戦はできぬ。何よりもまず、お腹を満たすことが大事です。

そして暗闇の中(自分の煩悩や迷い)に、ホッと明かりが灯る。
その明かりが 智慧(ちえ)の灯明です。

このように、仏さまに供えるものは一つ一つ自分の心の象徴であり
左右に花と灯明、真ん中にお香、その前にお膳というように位置が決まっています。
この位置が決まっていることが、持戒(じかい)=戒律です。

日常茶飯の仏事にも、深遠なる教えが含まれております。

お仏壇に向かって 合掌礼拝することは「六波羅蜜を行ずる」こと、仏道そのものなわけであり、
いわゆる「修行」を行っているのです。
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私は朝起きて、仏さまに「今日も一日よろしくお願いします」と手を合わせ
夜は「今日も無事に終えることが出来ました。ありがとうございました」と感謝します。

また 畑でできた初物も、お客様から頂いた物も
まずはお仏壇にお供えし、仏さまから召し上がってもらいます。

ちょっとした習慣ですが、これも「立派な信仰の一つ」だと思っています。

毎日、仏さまを拝みつつ
時に ご先祖さまを偲び、時に 自分の中にある仏心に問いかけることが、

ホッと心が落ち着き、心の拠り所となっています。

皎月院副住職は、東京、神奈川、埼玉、千葉、山梨などご要望によりご自宅や墓前でのお参りを承けたまっております。

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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