曹洞宗 常圓山 皎月院

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御詠歌

2020.10.13

お誓い

曹洞宗の詠讃歌を

「梅花流」とし、昭和27年に正式に誕生しました。

現在のお誓いは、

梅花流詠讃歌を通して

「正しい信仰に生きます」「仲良い生活(くらし)をいたします」「明るい世の中をつくります」

の3つからなっております。

このお誓いは、やさしく簡潔にかかれていますが本当に大切なことだと改めて感じております。

お釈迦さまや両祖さまの教えを正しく学び、その教えを心の拠り所、安心(あんじん)として生きることで、他と仲良く生活ことができる。それは、自分の我を抑制しつつ、他の人を思いやる気持ちができるということです。その行いが膨れ上がると「明るい世の中をつくる」ことにまで発展できるからです。

一人一人が身近なところから少しずつ(雨粒だとしても)行うことによりそれが広く(池から湖へ)広まり広大な海となるのではないでしょうか。

 

道元さまのお言葉 御詠歌

2020.09.28

無常

道元禅師さまの詠まれた和歌の一首で

「無常」と題されております。

梅花流詠讃歌では「月影」という曲名となっております。

『世の中は 何にたとえん 水鳥の

嘴振(はしふ)る露に 宿る月影』

この世の中は無常である。何一つとして一定にとどまること、とどまるものは何もない。

この世の中を何にたとえよう。

たとえば、水鳥がくちばしを振るった時に飛び散るしずくの一つ一つに宿る月の光のようなものなのです。

水鳥がくちばしを振るうことによって、一瞬でも宿っていた月の光の生滅(くちばしに生まれたしずくに宿った月の光)。

この生滅が無常のはかなさにをあらわされております。

道元禅師さまのご生涯では、多くの死別を経験されております。

幼少期では、御両親。臨済禅を学び、共に中国の宋へと行かれた建仁寺の明全和尚さま。

そして生涯の本師である如浄禅師さま。

また多くのお弟子の中で最も期待しておりました僧海の夭折(27歳のようです)

この「無常」を詠まれた和歌は、

大切な人を看取ってこられた道元禅師さまの深い感慨がにじまれております。

 

行事 御詠歌

2020.08.13

お盆入り

夕方から突然の雷雨でしたが、

朝から多くの方々がお墓参りに来られました。

杉や欅、楠の木が無くなったのでとっても明るくなりました。

明日は檀信徒の方々の新盆供養法要です。

住職と二人で勤めさせて頂きます。

 

『盂蘭盆会御詠歌(迎火)』5・7・5・7・7

【子等(こら)の焚(た)く 迎火の 炎(ほ)の さぐらぐは

みたまの母の 来たまえるらし】

今では厳しいかもしれませんが、盆入りの夕方、自宅前で火を焚き、その炎がそよそよと吹く風に揺らぎ

ご先祖様の”み霊”をお迎えし、「今年もお盆を迎えることができ、ご先祖さまがかえってきたんだなぁ」と

この歌詞はその情景を思い浮かぶかと思います。

「みたまの母」とありますが、

母だけではなく、ここでは、

亡き人や、ご先祖さまと解釈していただけたらと思います。

岡本和行さんの蓮展より

 

御詠歌

2020.06.30

水鳥

梅花替節として

若干のメロディーを変えた曲

「高祖常陽大師道元禅師第二番御詠歌」

この歌詞も道元禅師さまの詠んだ和歌の一首です。

『水鳥の往(ゆ)くも帰るも跡絶えて

されども道は忘れざりけり』

水鳥が水面を泳いでいます。右へ左へと自由自在に泳いでます。

水の中ですので泳いだ際の波はたちまち跡形もなくなります。

ですが、形跡はなくとも歩むべき道は忘れておりません。

 

 

御詠歌

2020.06.30

梅花

今月最終日です。

全国各地で大雨警報発令しているようです。

八王子も午後から雨となりました。

 

曹洞宗梅花流詠讃歌の「梅花」のタイトル1種4曲(節を少し変えた、替節含む)のなかの

「高祖常陽大師道元禅師第一番御詠歌」について

この曲は、密厳流の『密厳』というタイトルの曲よりメロディをそのままいただきました。ですので、梅花流の「梅花」となりました。

歌詞は道元さまのお言葉です。

荒磯(あらいそ)の 得(え)よせぬ 高岩(たかいわ)

かきもつくべき 法(のり)ならばこそ』

御詠歌ですので、五・七・五・七・七の三十一文字の短歌を詠んでおります。

なおこの歌詞は、『正法御和讃』の七五調の和讃の歌詞にも使われてもおります。

1243年 道元禅師さまは、

京都の南、深草の観音導利院興聖林禅寺(かんのんどうりいんこうしょうりんぜんじ)より

越前(福井県)志比へと移つられ、吉峰寺、大仏寺の建立をされ

1244年9月に大仏寺を永平寺と改められました。

それから1253年にご遷化されるまで、ひたすらに坐禅辨道、正法眼蔵の執筆等をなされました。

ですが、1247年8月より1248年3月までの半年間

一度だけ永平寺を離れ鎌倉へと布教教化に参られました。

その際、鎌倉幕府執権職の北条時頼との問答で

「仏法とはいかなるものか」

に対して詠まれたものが

「荒磯の波も得よせぬ高岩にかきもつくべき法ならばこそ」でした。

大きな荒波さえもよせつけないほど大きな岩にも、掻き付く海苔があるように、

どんなに険しく厳しいなかでも(当時戦乱中)、正しい仏の教えがあるならば

それを求め伝えようとする人々によって、書きつくし、書きのこされていくものである。

そのような思いのお言葉を北条氏にお答えになられた和歌です。

道元禅師さまは、道を求むる心があれば、必ず仏法が伝わるということを教えてくださいました。

 

私たちお唱えするものは、その想いを汲みながらしっかりと歌詞を詠み伝える必要があると言うことを忘れてはならないのです。

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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