曹洞宗 常圓山 皎月院

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禅のことば お経

2020.02.05

舎利礼文3

2月15日
80才のご生涯をとじられたのは、

シャカ族の王子として誕生された
幼名 ゴータマ・シッダールタ
として産まれ
お釈迦さまとして呼ばれ
曹洞宗の御本尊さまのことです。

『舎利礼文』
の続きですが、
『発菩提心 修菩薩行 同入円寂』
(ほつぼだいしん しゅうぼうさつぎょう どうにゅうえんじゃく)
<修行や覚りを求めようとする心を起こさせてくださり、 修行や覚りを実践させてくださったり 皆、すべてが涅槃となる寂浄の境地へとみちびき入れてくれる>

『平等大智 今将頂礼』
(びょうどうだいち こんじょうちょうらい)
<すべてに対して隔てなく、大いなる偉大な智慧と 今をまさに頂戴し、礼拝致します。 3回にわけ 『舎利礼文』を詠ませていただきました。 ありがとうございます。

お釈迦さまはとても偉大で
常に
想い慕い礼拝の対象の
御本尊さまです。
南無釈迦牟尼佛
なむしゃかむにぶつ

禅のことば

2020.02.02

舎利礼文2

前回の続き

『我等礼敬 為我現身 入我我入』
(がとうらいきょう いがげんしん にゅうががにゅう)
<私は、それらすべてを敬い礼拝いたします。 お釈迦さまは、私のためにあらわれ、 お釈迦さまは私のなかに流れこみ、 私はお釈迦さまのなかに溶けこみます>

『仏加持故 我証菩提 以仏人力 利益衆生』
(ぶつがじこ がしょうぼだい いぶつじんりき りやくしゅうじょう)
<お釈迦さまのご加護を呼びかけにより、 私は実践、実証できるのです。 お釈迦さまの不思議な力のおかげで、 迷いや苦しんでいる人をさとりの安心により 利益することができます>

次回へ続きます

クシナガラ 涅槃堂前にて

禅のことば

2020.02.02

舎利(しゃり)

『舎利礼文(しゃりらいもん)』
というお経があります。
このお経は、
全部で72文字で、
18句にわかれて書かれてあります。

「舎利」とは、お釈迦さまの遺骨のことです。
このお経はお釈迦さまのご遺骨をまつるお経です。
少しずつ考えて見たいと思います。

『一心頂礼 万徳円満 釈迦如来
(いっしんちょうらい まんとくえんまん しゃかにょらい)
<一心をもって頂礼、礼拝します。あらゆる功徳を そなえられている釈迦牟尼如来の>

真身舎利 本地法身 法界塔婆』
(しんじんしゃり ほんじほっしん ほっかいとうば)
<真実の身心であるお釈迦さまのご遺骨と、 そのご遺骨は永遠に不滅であり、 その塔婆(宝塔)は真実の世界を示されます>

次回へ続く

インド クシナガラの涅槃堂

禅のことば

2020.01.28

普賢菩薩(ふげんぼさつ)

普賢菩薩は、文殊菩薩と共に、
お釈迦さまの脇侍としています。
そして六牙の白象に乗っておりますのでわかりやすいです。

文殊菩薩は、
仏の智慧として、
また普賢菩薩は慈悲や智慧の実践、
修行を導き私たちを成仏へと導かれます。

曹洞宗の法要にて
「嘆仏会たんぶつえ」(お釈迦さまや仏さまを賛嘆する法要)や
「授戒会じゅかいえ」(信仰する皆さまが仏道を歩まれる入門)で
読まれる「華厳経の十者礼」には、
この世の全ての凡夫の三業の行いや煩悩が、
消滅するまで願うことをやめないという、
普賢菩薩の十大誓願が説かれています。

その「十大願」とは、

一、礼敬諸仏(諸仏を敬い礼拝する)

一、称賛如来(如来を称賛する)

一、広修供養(諸仏にあらゆる供養を惜しまない)

一、懺悔業障(過去の罪科を悔い改め、仏に告白する)

一、随喜功徳(功徳を共に喜ぶ)

一、請転法輪(諸仏の説法を請い願う)

一、請仏住世(諸仏が常にこの世に住して導いてくれることを願う)

一、常随仏学(常に諸仏に学ぶ) 

一、恒順衆生(恒に諸衆を敬う) 

一、普皆回廻(全ての功徳をあまねく振り分ける)

などの罪障を滅し、成仏に至る功徳で人々を救済する教えです。

白像には乗っておりませんが、
三重県三井寺の普賢菩薩さまです。

禅のことば

2020.01.26

高祖承陽大師降誕会

本日1月26日は
生誕820年
高祖承陽大師道元禅師の
ご生誕日です。
正治2年(1200年)

道元さまをお生みになられた母は、
元摂政関白であった藤村基房の娘とされ、
父は、源通親(1149~1202年)とされていました。
ですが、最近の研究にて変更がありました。
父は源(堀川)通具(1171~1227年)で
母はやはり不明であり、
もしかしたら藤原氏の関係者かもしれない
という見解が主となっているようです。

道元禅師さまの名前は、
文殊菩薩のような智恵のある子になるようにと
文殊丸(もんじゅまる)とつけられました。
八歳で母を失う。
この時の無常を感じたことが
出家された原因であったとされています。
13歳で天台宗の比叡山へ上り
翌年、公円(こうえん)のもとで出家得度され
名前を道元となりました。

南無高祖承陽大師道元禅師

1233年道元禅師が初めて開かれた
仏徳山観音導利院興聖宝林禅寺=興聖寺

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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