曹洞宗 常圓山 皎月院

皎月院TOP > 2020年 > 10月

その他

2020.10.30

六曜とは迷信

暦を見ると数字の横に先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の六曜が記されています。
この六曜の表記になったのは、

19世紀前半とされ、古くは

【即吉・共引・周吉・虚亡・泰安・赤口】

だったそうです。(異説があります。)

先勝(せんしょう、さきがち)は急ぎの用事や願い事に、午前は良い、午後は悪いといわれています。
友引(ともびき)は朝と晩が良く、午後は悪く、友を引くから葬儀はしない。と言われますが、

元来「共引」なので、「相打ち友引とて勝負なし」という引き分けを意味しております。
先負(せんふ、さきまけ)は午前は悪く、午後は良いといわれています。
仏滅(ぶつめつ)は終日悪いとのことで、仏事供養は控えた方がよいともいわれていますが、迷信であり、もとの意は「虚亡・空亡」と言われておりましたが、すべてが虚しいと解釈されてしまい

【物滅】と書かれるようになり、

さらには、「仏滅」の字が当てられるようにもなりました。

大安(たいあん)は-日中よいといわれ、婚礼とか、お祝い事の日にあてるということであります。
赤口(せきこう、しゃくこう)は正午だけ良く、あとは悪いとされています。

月の満ち欠けによる太陰暦の朔日(ついたち)は、

1月と7月が先勝。

2月と8月が友引。

3月と9月が先負。

このように機械的に割り当てられているようで、それから順に六曜が付されているだけで、そこに特別な意味はないとも言われております。

禅の教えでは、

【日日是好日】

と言う素晴らしい言葉があります。

皆さまにはそれぞれご先祖さまから頂いた知性や感性が備わっております。迷信やテレビ・メディア、インターネット、SNSの情報に惑わされず、

ご自身を研鑽され、一度しかない自分の人生ですので、自分らしく歩みましょう。

禅のことば 瑩山さま

2020.10.29

坐禅

瑩山禅師さまが永光寺(ようこうじ)にて住職をされていた頃に書き記された書物に

『坐禅用心記(ざぜんようじんき)』

があります。

その一文に

『夫(そ)れ坐禅は直に人をして

心地を開明し本分に安住せしむ』

【坐禅とは、自らが自らの真実を明かにして、

本来の境地に安住することである。】と

坐禅というものは、人から学ぶものでなく

私たちがこの身をもって自分自身の真実を体感し、

自分本来の居場所である悟りの境地に、

今いることを確かめる仏の作法であるというのです。

 

曹洞宗

2020.10.28

承陽塔銘

峨山禅師の撰文です。

風化や損傷がひどく、昭和45年(1970年)9月29日に復刻再建されたものです。

【読み方】

越前の国志比庄吉祥山永平全般的寺は、佛法禅師道元和尚開闢(かいびゃく)の真跡(しんせき)にして、勅許紫衣を賜うの法窟、日本曹洞根起の大本山なり。二世懐奘及び徹通、吾が先師瑩山に到って四世、正法展々、支葉聯綿(しようれんめん)たり。その徒皆宗乗を演暢(えんちょう)し権実兼ね行ふ。吾また瑩山の示誨を受け、肇めて永平の的意を得たるなり。吾が法徒たる太源・通幻・無端・大徹・実峰すべて玄門を遠く邇(ちか)く闢き、法輪の枢機を執ふ。諸宗服膺(ふくよう)する者海の湧くが如く、為に鳥を駆る者雲の従うが如し。ああ世尊の正法眼、扶桑揚げて赫々たるは、おさめて元和尚傑出の故なり。故に児孫は深く永平の禅味を甘ひ、各自法乳の恩を知りて、長くまさに祖山の栄光を憶ふべし。もし、真跡をして、荒撫(こうぶ)の地に著(つ)かしむる者は、永平の児孫たらず。菩薩の子は勉むべし。

貞治二年(1363年)八月二十八日

古佛第五の法孫峨山、再び塔を礼して香を焚き謹んで記す

 

 

曹洞宗

2020.10.24

峨山石

峨山石(がさんせき)とは、

大本山永平寺内の承陽殿の前に、承陽塔銘碑(じょうようとうめいひ)とも呼ばれている石碑があります。たぶん知っている人は少ないかとも思います。

まずはこの承陽殿とは、道元禅師さまをはじめ、

二祖であられます孤雲懐奘(こうんえじょう)さま、の墓所であり、三世徹通義介(てっつうぎかい)さま、四世義演(ぎえん)禅師、

五世義雲(ぎうん)禅師さまの五大尊や永平寺の歴代住職さまのお位牌や開基の木像・お位牌などを祀られている建物です。

 

峨山禅師さまは、1363年、(永光寺の3回目の住職を努められた年)道元禅師さまが亡くなられた110年後に、永平寺にお参りされた記述が残されております。その証が峨山石として残されております。

 

曹洞宗

2020.10.24

總持寺二代

峨山禅師さまの六百五十回大遠忌法要を

平成二十七年に總持寺にて奉修されました。

最期にお弟子に遺されたお言葉

遺偈は、

『合成皮肉   九十一年

夜来依   身横黄泉』

読みとして

「合成(ごうじょう)の皮肉(ひにく)

九十一年(くじゅういちねん)

夜来(やらい)旧(ふる)きに依(よ)りて

身を黄泉(こうせん)に横たう」

意味として

【九十一年生きたこの身のまま、

何の執着もなく、泰然(たいぜん)自若(じじゃく)として、あの世に身を横たえる】

 

 

 

 

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

カテゴリー

最新の投稿

アーカイブ