
2020.06.23
本日6月23日沖縄県は、戦後75年の節目となる「慰霊の日」を迎えました。
最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が、コロナの影響により200名ほどでの規模にて行われました。
今の私たちには到底計り知れない苦労や悲惨を目の当たりにされていたのでしょう。この恐ろしい経験はしたくはありませんし、体験してはなりません!戦争はあってはなりません。宗教の問題もなおさらです。全てを敬うことがとても大切です。
合掌
2020.06.21
本日21日は二十四節季の一つである夏至の到来。
一年のうちで昼間の時間が一番長く、冬至の日と比べますと五時間程も違いがあります。

16時頃から部分日食の観測もできると思ったのですが、雲が厚く全く見ることが出来ませんでした。
2020.06.20
昨日は梅雨空であり、気温も20℃にも達しませんでした。
そう言えば、梅雨(ばいう)という言葉は中国で生まれたようです。
「梅の実が熟す頃に降る雨」と言う意味で、「梅雨(ばいう)」と呼んでいたようです。
日本では、いろいろと言葉を関連つけたり、連想から「梅雨(つゆ)」と呼び始めたようです。
「梅雨」という言葉の前は、「五月雨(さみだれ)」と呼んでおり
「さ」は陰暦の五月(今は六月ですが)、「みだれ」は、「水垂れ」を意味するようでした。
春のお花見とは、昔は梅でした。
道元禅師さまは幼少期から和歌に親しまれておりました。
それは各地から新古今和歌集を編纂する方々が親族(身内もそのメンバー)と共に身近にいたからだという説もあります。
(道元禅師さまの父親も最近は定かではないとのことなので)
梅雨に因み、曹洞宗梅花流詠讃歌には、『梅花』というタイトルの曲
「高祖常陽大師道元禅師第一番御詠歌」があります。
曹洞宗の御詠歌は、昭和27年に発足しましたが、
その時に発表された曲が、「梅花」を含めた9種22曲でした。
この9種のメロディーは、各流派の詠讃歌の公聴をされ
(花園流・金剛流・菩提流・大和流・密厳流など)
検討した結果として密厳流の詠唱を梅花流の母体となりました。
今ではこちらの22曲は「伝承曲」として必修曲となっております。
真言宗密厳流の「密厳」が曹洞宗梅花流でも「梅花」のメロディーとなっております。
「梅花」4曲の歌詞は、もちろん道元禅師の詠まれた六十数首のなかの和歌であり、
瑩山禅師の曲では『洞谷記(とうこくき)』で詠まれた二首の和歌です。
「高祖常陽大師道元禅師第一番御詠歌」(梅花)
【荒磯(あらいそ)の 波も得(え)よせぬ高岩に
かきもつくべき 法(のり)ならばこそ】

紫陽花にクチナシ

2020.06.17
施食幡の残りのご案内
「四天王幡(してんのうばた)」
東西南北の四方を守ってくれる四人の守護神を記した幡です。
・東の持国天(じこくてん)
・南の増長天(ぞうちょうてん)
・西の広目天(こうもくてん)
・北の多聞天(たもんてん)(=毘沙門天(びしゃもんてん))を言います。
「大幡(おおばた)」は法要で読経する『甘露門(かんろもん)』の中の
心呪(しんじゅ)「唵麽抳嚩(おんまにば)日哩吽(じれいうん)」と
随心呪(ずいしんじゅ)「唵麽抳駄哩吽泮吒(おんまにだれいうんばった)」と呼ばれる二句が記されており、
心呪を数多く唱えれば仏さまにお会いすることができるとされ、
随心呪は数多く唱えれば様々な妨げが無くなるとされています。
施食会を通じまして、
ご先祖さまをはじめとした多くのご縁に施されながら
支えられて、生かされているのだという事への感謝の心をお持ち頂きたいと思います。
本年6月13日に皎月院では
施食会法要をさせていただきました。
コロナウイルスの影響で参拝の中止でした。


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
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