曹洞宗 常圓山 皎月院

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禅のことば

2019.11.03

霜月

早いもので
11月 霜月になりました。
本日は文化の日であり、
大本山總持寺では、
独住第4世中興
石川素童禅師100回御遠忌でもあります。


石川禅師は、
祖山監院だった時に能登總持寺が全焼し、
その後御自身が總持寺の貫首となられてから、
神奈川県への移転を実現させられ方でもあります。

禅のことば

2019.10.25

地蔵菩薩

大乗仏教では
「自利利他」の教えです。
「情けは他人のためならず」という
言葉があります。

最近では
「情けをかけると甘やかされてその人の為にならないから、情けをかけないようにしよう」と理解されているようですが、
本当にそれで良いのでしょうか?
本来の意味では、
「他人に良い事をしてあげると、いずれは自分も幸せになれる」
という意味です。
世の中には、自分の事しか考えないような人もいます。
しかし、優しさと思いやりの心、慈悲や慈愛
それが仏の教えです。
他人の幸福を念じて善を積み、
他人を幸せにして自分も幸せになるのが
「菩薩の道」です。
多くの菩薩さまは、正に私たちを幸せになれるよう
導いてくださる仏さまです。

六地蔵
六道のそれぞれにあって、衆生の苦しみを救う六体の地蔵菩薩があります。
地獄道の「檀陀(だんだ)地蔵」 (錫杖と宝珠)
餓鬼道の「宝珠(ほうじゅ)地蔵」(宝珠)
畜生道の「宝印(ほういん)地蔵」(幢幡)
修羅道の「持地 (じじ) 地蔵」 (念珠)
人間道の「除蓋障 (じょがいしょう) 地蔵」(合掌)
天上道の「日光(にっこう)地蔵」(柄香炉)

右手の形を与願印や施無畏印、如意や経冊などを持っているそうですよ。

禅のことば

2019.10.06

菩提達磨大師

昨日10月5日は
達磨さまの命日でした。

曹洞宗では、中国へ禅を伝え、中国禅の初祖となられた
達磨さまの命日を大切にしておまいりしております。
また、キャラの濃さを活かし、日本では「だるまさん」として
起き上がり小坊師としても親しまれております。

中国梁の武帝(熱心な仏教信者として有名で、功徳を求めている)と、
達磨さまの問答が良く知られております。

「廓然無聖(かくねんむしょう)」
武帝「私は皇帝になってからというもの、寺を建て経典を書写させ、僧侶の数を増やしてきた。これはどのような功徳があるのか?」
達磨「どれも無功徳です」
武帝「何が、仏法の究極のさとりだろうか」
達磨「カラリとして何も聖なる教えなどありません(廓然無聖)」
武帝「この私の前にいるそなたは何者か?」
達磨「不識(ふしき 識らない)」
武帝はこの答えに納得できませんでした。
そのため、達磨さまは仏法を広める機会がかなわなかったことを知りました。


震旦初祖圓覚大師菩提達磨大和尚
(しんたんしょそえんがくだいしぼだいだるまだいおしょう)

禅のことば

2019.10.02

道元禅師略歴2

34歳の時、最初の道場である観音導利院に入られる
37歳 僧堂や法堂が造られ興聖寺(こうしょうじ)と改名
この時期に『正法眼蔵』の半数ほど執筆
また『学道用心集』『典座教訓』なども執筆される

1243年44歳の年に波多野義重(はたのよししげ)の招きにより
福井県越前に移る
翌年には修行道場となる大仏寺が完成
1246年永平寺と改称
1253年8月28日54歳で入寂

禅のことば

2019.09.30

道元禅師 略歴

9月最終日

簡単ではありますが、
曹洞宗御開山高祖承陽大師道元禅師
略歴
1200年1月2日(陽歴1月26日)
京都で誕生され、幼少の頃の名前は
文殊丸とされてます。
1207年8歳の時に母を亡くされ
この世の無常を感じ、出家への志が芽生える。
13歳で比叡山に上り、
翌年に剃髪し出家得度(しゅっけとくど)され
名前を文殊丸から道元へと
比叡山(天台宗)では求められない疑問を
18歳より比叡山から京都建仁寺(臨済宗)へ
24歳の時
建仁寺での修行先輩である
明全(みょうぜん)和尚と共に真の仏道を求め
中国、宋へと渡る
2年間修行道場を巡りましたが
26歳、再び天童山へ
そこで本当の師と仰ぐことになる
如浄さまと出会う
それからというものは、
疑問や考えることのすべてを如浄さまへ
多くの教えを学び坐禅修行に邁進されました
この頃の問答は
『宝慶記ほうきょうき』として残されております

如浄さまは居眠りをしている僧に対して
「坐禅は必ず身心脱落(しんじんだつらく)でなければならないのに、居眠りをして何をなしうるのというのか」と一喝
この言葉を聞いて
身も心もありとあらゆるとらわれから解放され、
自由自在の境地へ 成道(じょうどう)
「正伝の仏法」を受け嗣がれ
28歳に日本へと帰国される

帰国後すぐに
『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』
正しい坐禅の作法や教えの書物を執筆される
32歳の時には
『弁道話(べんどうわ)』
坐禅の教えと実践が正しい仏道であることを
問答形式で執筆
亡くなるまで多くの書物を執筆
『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』
100冊程のようです

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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