
2016.08.07
中道(ちゅうどう)は、別のことばで、「空(くう)」「絶対(ぜったい)」「不二(ふに)」「平等(びようどう)」などといわれます。中道とは、ただ単にかたよらない真ん中の道というのではなく、一切のものごとは無常で、生滅するものであるという実相(じつそう)〈本当のすがた〉を見きわめることによって、煩悩から解放される涅槃(ねはん)〈欲望の炎が吹き消された状態〉の境地にいたることをいいます。これを、中道実相(ちゆうどうじっそう)といいます。
般若心経の「色即是空(しきそくぜくう)・空即是色(くうそくぜしき)」は、この中道実相いいあらわした有名なことばです。

2016.07.29
剃髪の偈(ていはつのげ)
流転三界中(るてんさんがいちゅう)
〈あらゆる世界をさまよい続ける私たちにとって〉
恩愛不能断(おんないふのうだん)
〈父母家族との恩愛を断って出家することはまことに忍び難い〉
棄恩入無為(きおんにゅうむい)
〈しかしこの恩愛を断って仏弟子となり仏さまの世界に入る人こそ〉
真実報恩者(しんじつほうおんしゃ)
〈真に父母家族の恩に報いる者である〉
続けて
剃除鬚髪(ていじょしゅほつ)
〈髪の毛とひげを剃り落とすとき〉
当願衆生(とうがんしゅじょう)
〈故人のために皆でひたすら願う〉
永離煩悩(ようりぼんのう)
〈煩悩の苦しみから永遠に離れ〉
究竟寂滅(くぎょうじゃくめつ)
〈いつまでも安らかであることを〉
執着心は悩みや迷いのもとになります。
皆さんと共に仏さまに。
2016.07.28
剃髪(ていはつ)
断ち切れない幾多の想いが、蔦のように心に絡みついて 苦しみのもととなってしまわぬよう髪とともに執着を断つのです。
1番初めに仏弟子になるための儀式です。

2016.07.20
本日お通夜をしてまいりました。
臨終されてからお通夜までの間には、普段は目にすることの無い日本古来の風習、たくさんの慣習やしきたりが地域により数多くあります。北枕、枕団子、一本線香、逆さごと、守り刀、死化粧、湯灌、納棺など。他にもあると思われます。
なかでも納棺の儀式は、葬儀に臨むために故人の身体を浄めて身支度を整える、仏さまの世界への旅支度でもあります。ご遺族の皆さまにとりましては、故人さまの死を受け止めなくならない、むた、受け止める大切な時間かと思います。
先日、秋田へ行きましたところ納棺のお手伝いも住職さまがご遺族と一緒にされておりました。皎月院(私が僧侶として)や札幌(以前8年程おりました)では納棺の際、一緒にすることはなかったのでとても良い経験と本来の僧侶の姿を垣間見ることができました。
2016.07.14
懺悔さんげと読みます。
清浄であるべきには、これまでの行いを振り返らなければなりません。恥ずべき行いや迷惑をかけてしまったことなどなかったのか。隠したり、ごまかしてはいないだろうか。
もし反省するべき行いがあるのなら、仏様の前で素直に反省をする。これまでの自分の行いを見つめ直すことを懺悔(さんげ)と言います。
懺悔文(さんげもん)
我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)〈これまでの行いのなかで生じたいくつもの罪悪は〉
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)〈自分の心の中に潜む欲と怒りと愚かさが原因となり〉
従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)〈行いと言葉と意識によって生じたものである〉
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)〈今、その一切を仏さまの前に懺悔する〉


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
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