曹洞宗 常圓山 皎月院

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瑩山さま

2021.07.08

あらゆる生き物に

七夕の時期が過ぎ去り

間もなく七月のお盆を迎えようとします。

日頃から供養する心、手を合わせる大切さを伝えておりますが

私たち日本人は古くから

あらゆる生きとし生ける存在の命に感謝をしております。

その代表例として、食事です。

食べ物をいただく前には、手を合わせ

”いただきます”と感謝の真心で食します。

太祖常済大師(瑩山禅師)さまは、

修行僧や今の私たちにもその教えをしっかりと残されております。

「仏の大いなる慈悲は、平等にありとあらゆる生物たちを済度し、仏のひろやかな教化の力は、みな等しく多種多様な生きものを救うと言います。年末には、数日かけて皆でひたすらにお経を読み、お寺の領地を耕した際に犠牲になってしまったあらゆる生き物たちや、あるいはお寺を支援してくれている皆さまの領地にて飼われている使役されている動物や生きもの、山林や河、水中や陸上であろうとそこに住んでいるありとあらゆる生きものの内、死んでしまったものに回向せよ。これらの生きものたちを救うことが出来るのは、仏の慈悲とお経の力しかないのです」とされ、

人間だけではなく、田畑を耕す功労であった牛馬や動物たちをはじめ

自然界の虫といったあらゆる命に対し供養する心を忘れてはならないのだと

十二月十日や晦日に読経するとありました。

 

お経

2021.07.06

般若心経

『摩訶般若波羅蜜多心経』

浄土真宗や日蓮宗では読まれないお経ではありますが、最も有名なお経の1つかと思います。

大乗仏教の教えを262文字に凝縮されたお経であり、空の真理や教えが説かれており、最後には「羯諦羯諦〜」と呪文で結ばれる真言密教のお経ではないでしょうか。

インドの古い言葉であるサンスクリット語の音写で摩訶般若波羅蜜多の八文字で「マハー(摩訶)プラジュニャー(般若)パーラミター(波羅蜜多)」、心経は中国語です。

般若とは、智慧と意訳できます。智恵とは違います。

波羅蜜多は、サンスクリット語ではパーラミターと読み<完成>を意味します。または、パーラムイターと読み<彼岸に渡るや彼岸に至る>と意味します。

般若心経とは、素晴らしい仏さまの智慧の完成が説かれているお経なのです。

「観音菩薩は、仏さまの智慧の完成を実践されたとき、肉体も精神もすべてが空であり、空によってあらゆる苦悩を克服された」

「五蘊」色、受、想、行、識の五つの集まりを意味し

色とは、全ての物質をあらわし

受とは、感受。想とは、表象であり

行とは、意志とし識とは、認識の作用のことで

この五つは私たち人間の肉体と精神の意味となります。

 

 

境内整備

2021.07.04

堂内改修 状況

先月から足場を組み、本堂内の改修工事が始まりました。徐々に壁を取り崩しております。

壁を剥がすと竹の格子

123年前当時の物なのだろうか?

仏さま

2021.07.04

韋駄天

韋駄天 (いだてん)

(住職が彫られた韋駄天)

  曹洞宗では、建物や厨房を守る護法神として玄関近くにまつられていることが多いです。

韋駄天という言葉の由来は、バラモン教の神の名から来ています。韋駄天はヒンドゥー教のシヴァ神の二男で、軍神の中でも俊足をほこり、仏法に取り入れられてからは四天王である増長天に従う八代将軍の一角として、仏法や寺院を護る守護神になりました。

韋駄天の説話の中に

お釈迦さまが亡くなられたとき、ご遺骨の一部(歯)を盗んで須弥山に逃げた悪魔を走って追いかけ見事に取り戻したというのです。

ここから足の速い人を韋駄天、早い走り方のことを韋駄天走りというようになりました。

また、韋駄天がお釈迦さまのために方々を駆け巡って食物を集めたとの逸話に由来して、「御馳走(ごちそう)」という言葉ができたともいわれています

道元さまのお言葉

2021.07.01

手放す

今年も半年が過ぎ去りました。

道元禅師さまの著書に

「坐禅の修行をすることで、思いを手放し執着を捨て

心を空(くう)にすれば

真理と一体となったゆたかな境地が手に入る」

と説かれております。

手放せば手に入る

とは簡単なようでとても深い意味が込められていそうです。

私たちは、どんどん物が増えていってしまわないだろうか?

日常生活に使っている物であったり趣味の物であったりと

私も本やお香関連の物など増えてしまってます。

人は生きている間は、あれもこれも欲しくなってしまいますし

ああしたい、こうしたいという思いにどうしてもとらわれてしまいます。

道元禅師さまは、これらの欲望などの思いを手放すに

【坐禅】

こそが執着から解放されると説かれています。

坐禅に打ち込み雑念を手放しなさい。と

何かをつかんだまま次の何かをつかむのではなく

一度手放してみることです。手放すことでそこに新たに見えるものが違ってくるかもしれません。

《放てば手にみてり》

 

 

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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