
2019.01.07
大変遅くなりましたが、
曹洞宗管長
大本山總持寺の貫首 江川辰三より
年頭のご挨拶を引用させていただきます。

『あけましておめでとうございます。
元旦のことを、「三つの朝」と書いて「三朝」と言います。
一日の始まり、一月の始まり、そして一年の始まりの朝であります。
三朝にあたり、世界の平和と社会の安寧を心より祈念いたします。
あわせて皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
本年は、大本山總持寺にとって特別な年であります。
本山が石川県の能登から横浜の鶴見に移転された時のご住職であり、
本山御移転の最大の功労者である、石川素童禅師の百回忌を
お迎えいたします。明治31年、不慮の火災によって
壮大な伽藍のほとんどが消失してしまった總持寺は、
再建のめどの立たない中、新しくご住職となった石川禅師の英断のもと、
明治44年に横浜の鶴見に移転され再建がなされました。
總持寺には約7百年の歴史がありますが、
鶴見に移転してからは今年で108年目となります。
この石川禅師は、私の三代前の師匠であります。
石川禅師のひ孫弟子が私であり、とても近い関係にあるお方です。
本年、石川禅師の百回忌をお勤めできることの有難さを、
しみじみと噛みしめております。石川禅師のみならず、
静かに自分を振り返ると、様々な方から、計り知れない程の
恩を受けてきたことに気づきます。
有難くも、人間としてこの世に生まれてきたことに感謝し、
これらの無量無辺の恩恵に報いていくことが、
人としての大切な勤めであると、常々念じております。
そして大事なことは、その受けてきた恩恵を、今の社会に、
また次の代へと、きちんと「恩返し」をしていくところにあります。
それには、今まで自分の中に蓄積されてきた全てを、
周りの為に生かしていく工夫が必要になります。
どうか、そのような生き方をよく味わっていただければ幸いです。
皆様にとって、本年が素晴らしい年であることを重ねてお祈り申し上げます』
2019.01.06
本日は今年初の法事でした。
久々の御詠歌をお唱えさせていただきましたが、
声が全く出ませんでした(-_-;)
申し訳ありませんでした。
睦月に入りましたが、
実は、道元禅師さまは
1200年1月2日(陽暦では26日です)生まれです。
京都で誕生されました。

札幌の寺院さんにて
明日は七草ですね。
胃を労りましょう
2018.12.31
除夜の鐘は一年の終わり。
大晦日(おおみそか)につく鐘のことをいいます。
晦日みそかの「晦」という字は、暗いという意味です。
晦日は、一年で最も光のない暗い日ということになります。
仏教では、光のない闇の世界を無明(むみょう)といい、
煩悩(ぼんのう)のことを指します。
「除夜(じょや)」とは、文字どおり夜を除くことで、
108あるといわれる無明の煩悩の闇を、
鐘をついて一つ一つ除いていき、
新しい年の輝ける希望の光を迎えるのです。
除夜の鐘ですが、どのような理由で始まったのかと思って調べてみました。
この日に鐘を108回撞く意味については諸説あるようですが、
一番良く知られているのが、108という数が人の煩悩の数であり、
これを消除するためであるとされております。
または、1年の12ヶ月+24節気+72候を合わせて108とする説もあるようです。
ですがこれだと、108という数は煩悩ではないことになりますけどね。
撞き方ですが、
まず鐘に向かって合掌一礼します。
「鳴鐘の偈(めいしょうのげ)」として
「三塗八難 息苦停酸 法界衆生 聞声悟道」
(さんずはーなん、そっくじょうさん、ほっかいしゅじょう、もんしょうごどう)がありますので、それを黙念してから打ちます。
108回のうち107回は旧年のうちに撞き、
残りの1回を新年に撞くとされています。
また、本来108回の鐘は除夜だけでなく毎日朝夕撞かれるべきものでありますが、普段は略して18回に留められます。
皎月院には鐘楼堂はありませんが、
毎年大晦日11時過ぎより本堂にて2年参りとして
法要をさせていただいております。
来年もどうぞよろしくお願いいたします(^人^)

2018.12.30
本年も残り1日
禅宗でいう「精進料理」の基本は、
①「軽軟」あっさりとしている。
②「浄潔」清潔である。
③「如法作」規則通りにできている。
の三徳に「甘(甘い)・辛(からい)・鹹(しょっぱい)
・苦(にがい)・酸(すっぱい)・淡(あわい)」の六味を加え
「三徳六味」と言います。
「淡」は、単純な薄味ではなく
「素材そのものの持ち味を生かす味つけ」のことを言います。
「軽軟」(きょうなん)は、体にやさしく、
まごころが尽くされた謙虚な食事という意味も含まれています。
「浄潔」(じょうけつ)は、食べて健康を害するような
不潔な料理ではなく、衛生面を重視した調理を言います。
当然、作る者の「身心も清浄」でなければなりません。
「如法作」(にょほうさ)は、仏法や戒律の定めに反しない、
正しい調理ということです。
「精進料理」は、正しい仏道修行を成就する為の料理です。
作る者も、食する者も、尊い「仏作仏行」(仏と成るための修行)
に他なりません。
真心から感謝して頂きましょう。


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
(^人^)