
2022.06.16
曹洞宗の教えとは
『修証義』を宗典としております。修証義は曹洞宗の教義である「四大綱領(しだいこうりょう)」について書かれている経典です。道元禅師さまが書き記された『正法眼蔵』の本文をもとに編集され、明治23年(1890年)12月に公布されたものです。

四大綱領とは
・懴悔滅罪(さんげめつざい) 仏教を信じて、自分を見つめ反省し、迷いのない生活をしていこう
・受戒入位(じゅかいにゅうい) 生活上の規範を守りながら、正しい毎日を送っていこう
・発願利生(ほつがんりしょう) 自分だけの事を考えずに、いつでも周りの人々の幸せのために生きていくことを心掛けていこう
・行持報恩(ぎょうじほうおん) 仏教の教えを学び、その教えを実践しながら、感謝の心を持って生活していこう
2022.05.31
中陰(ちゅういん)とは
仏さまの世界へと移行する期間であり道である
その期間が49日とされております
それは古くインドにおける輪廻思想から生まれたものとされ
死後7日毎にそれぞれの裁判官のような方(例えば皆さまがイメージしやすい閻魔さま)の裁きを受け次の生が決まる(十王信仰) とされがちですが
亡き方がお釈迦さまのいる仏の世界に至るまでの準備修行期間としてます(十三仏信仰)
49日もの間
寂しく不安な亡き故人さまを、励ます意味でも私たちができることは
「ありがとう」などの感謝をあらわす供養です
お水やお茶、お膳、好きだっ果物や御菓子などを供え
きれいな生花をお供えし
ろうそくに火を灯し、お線香を手向け
心静かに合掌
これを【利(り)の供養】と言います
最近ではご葬儀の同日に
初七日を繰上げておこなうことが大変多くなりました
この初七日を初願忌(しょがんき)とも呼んでおります
仏さまの世界へと向かう願いをおこす
という意味でもあります
高祖承陽大師道元禅師さまは
常日頃から「三帰戒(さんきかい)」という
『南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧』
(なむきえぶつ ほう そう)
を唱えることが大切であるともされております
さらには、生命が尽きたとしても
三帰戒を唱えることにより
必ずや仏の世界へと導いてくださるとも言われております

2022.04.20
今年の桜は例年より少し早かったです
青森でも満開となり
間もなく北海道南部の函館の桜が開花しそうです
春には桜が咲き、初夏には一斉に緑の芽がふき
秋には紅葉となり、冬には落葉となります
大自然の活動は、私たちに大きな恵みをもたらしてくれます
道元禅師さまが書き遺された書物
『典座教訓てんぞきょうくん』には
「三心」という3つの心を大切にすることと説かれております
喜心 老心 大心
その「大心」とは
「その心を大山(たいざん)にし、その心を大海にする」と
生き物の命、仏さまの命、自然の命、そして宇宙の命
私たちが生きるには
誰一人として
生き物や大自然無しでは生きていけません
世界の平和のためにも
争うことなく
自然の恵みに感謝しましょう

本日(20日)の皎月院駐車場の桜です
天気が悪く少し肌寒い日が続いてますので
週末まで見頃かもしれません
2022.04.19
道元禅師さまは
『仏道は初ほのときも仏道なり、成正覚のときも仏道なり、初中後ともに仏道なり』(『正法眼蔵』より)
と説かれております
道元禅師さまは
私たちが本当の生き方を求めて生きるということは、果てし無き道を歩み続け、常に旅をするようなものであると言われております。
ですが、一歩目であっても千歩目でも、さらには万歩目であっても
一歩あゆみ出すことには変わりがなく
また、進む方向へとしっかりと歩むのであれば
それは、歩みの価値は同じに尊く
本当の(本来の)歩みであり
真実の歩みの一歩であるとおっしゃっております
仏道を求めるというのは、本当に果てしないのかもしれません
きっと近道も遠回りも無いのかもしれません
常に而今を大切に歩むことなのでしょう
歩み続ける精進

植物や自然は
無常を感じます
2022.03.08
道元禅師さまの著書
『普勧坐禅儀』(すべての人びとにあまねく勧める坐禅の仕方)1227年
「然れば則ち、上智下愚(じょうちかぐ)を論ぜず、利人鈍者を簡(えら)ぶこと莫(なか)れ。専一(せんいつ)に功夫せば、正に是れ弁道なり。修証自(おのずか)ら染汚(ぜんな)せず、趣向更に是れ平常なる者なり。
凡そ夫れ、自界他方、西天東地、等しく仏印(ぶっちん)を持し、一(もっぱ)ら宗風を擅(ほしいまま)にす。唯打坐を務めて、兀地に礙(さ)えらる。万別先差(まんべつせんしゃ)と謂うと雖も、祇管(しかん)に参禅弁道すべし。」
【坐禅において、頭が賢い人とか、ものわかりが良い悪いとかを選びません。利発であったり鈍感であったりの分け隔てることもありません。ただひたすらに信じて、一心に坐禅に励めば、それが本当の道の実践と言うものです。坐禅は修行でもあり悟りの姿でもあり、特別なものでもなく、難しいものでもない。心静かに坐ることで、あらゆる物事に対応しつつ動揺しないでもいられるものです。
大体において、お釈迦さまの世界、その他のあらゆる仏の世界(自界他方)、インドや中国、朝鮮や日本でも必ず坐禅を続け、禅の門風を振るってこられたのです。ただただ、無心に坐るということは、静寂な心にさまたげられて、他に目を奪われることにはなりません。多種の人類多様な仏道修行がありますが、心迷わず坐禅すべきである。】


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
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