
2021.07.04
韋駄天 (いだてん)

(住職が彫られた韋駄天)
曹洞宗では、建物や厨房を守る護法神として玄関近くにまつられていることが多いです。
韋駄天という言葉の由来は、バラモン教の神の名から来ています。韋駄天はヒンドゥー教のシヴァ神の二男で、軍神の中でも俊足をほこり、仏法に取り入れられてからは四天王である増長天に従う八代将軍の一角として、仏法や寺院を護る守護神になりました。
韋駄天の説話の中に
お釈迦さまが亡くなられたとき、ご遺骨の一部(歯)を盗んで須弥山に逃げた悪魔を走って追いかけ見事に取り戻したというのです。
ここから足の速い人を韋駄天、早い走り方のことを韋駄天走りというようになりました。
また、韋駄天がお釈迦さまのために方々を駆け巡って食物を集めたとの逸話に由来して、「御馳走(ごちそう)」という言葉ができたともいわれています
2021.05.27
智慧第一 舎利弗(しゃりほつ)シャーリプトラ。バラモン教の修行信者からお釈迦さまへ帰依された。
神通第一 目蓮(もくれん)舎利弗と仲が良く、一緒にお釈迦さまの弟子となり、指導的役割を担われていた。
頭陀第一 摩訶迦葉(まかかしょう) バラモン教の修行中、菩提樹にて坐禅をされているお釈迦さまお会いし、弟子となる。お釈迦さまの教えをまとめた仏典編集の長を務められたとされる。
解空第一 須菩提(しゅぼだい) 祇園精舎を寄進したスダッタ長者の甥とされ、祇園精舎でのお釈迦さまの説法を聞いて出家された。
説法第一 富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)プールナ。お釈迦さまと同年齢で、苦行を通じてバラモン教学の修行をされていたが、お釈迦さまが成道され仏陀となられたことを聞き、サールナートで弟子となられた。
論議第一 摩訶迦旃延(まかかせんねん)非常に聡明であり、難題をお釈迦さまに問い弟子となられ、西インドへお釈迦さまの教えへを布教される。
天眼第一 阿那律(あなりつ)アヌルダ。シャカ族である。お釈迦さまが説法されている最中に眠ってしまい、その反省から不眠不休を貫き、その代償で失明したが、天眼を得たとされる。
持律第一 優波離(うばり)シャカ族のカピラ城の理髪店。カーストの制度で下層ではあったが、立場の上の者より先に出家し平等の象徴となられる。
密行第一 羅睺羅(らごら)ラーフラと言いお釈迦さまの息子である。始めは慢心ではあったが、修行により十大弟子の一人となる。
多聞第一 阿難(あなん)アーナンダ 提婆達多(だいばだった)の兄弟とされる。お釈迦さまの側近で25年間務め身の回りの世話をされ、誰よりもお釈迦さまの説法を聞く。

2021.04.09
4月8日はお釈迦さまのお誕生日でした。
私は、青年会の法要を欠席してしまいましたが、一日中お香を調合しながらお釈迦さまの誕生を喜び感謝する日となりました。
お釈迦さまの誕生は、今から2500年前の4月8日
インドの北、現在のネパールにあるルンビニーの花園でお生まれになられました。
美しく香りの良い花が咲き乱れる花園に見立てた花御堂にお釈迦さまの誕生仏をおまつりしまして、甘茶をかけてお祝いします。
この甘茶というのは、漢方薬でありまだまだ最近始まった事です。その以前は、牛頭栴檀(ごずせんだん)その他の妙香をもちいられていたようです。妙香とは、、、わかりませんが、名香であればシャムやタニの沈香であったり丁子が煉香のなかでは名香と言われております。尊いお釈迦さまの誕生をお祝いしますので、きっと良い香木を煮出してお使いになったのではないかと想像いたします。
甘茶をかけるのは、産湯の代わりに、天が甘い雨を降らせまして誕生をお祝いしたという言い伝えによるものです。
曹洞宗では、甘茶をかける灌仏(かんぶつ)の時にはお唱えも致します。
『灌仏偈』または『浴仏偈』といい
「稽首大聖薄伽梵(けいしゅだいしょうぼぎゃぼん)
天上天下両足尊(てんじょうてんげりょうそくそん)
我等今以功徳水(がとうこんいくどくすい)
灌浴如来浄法身(かんよくにょらいじょうほっしん)
【大聖、薄伽梵、天上天下両足尊(たる如来に)稽首したてまつる。我等今功徳水を以って、如来の浄法身を灌浴したてまつる。】
この中の功徳水とは、水に8種の功徳があるとされております。 それは、甘さ、冷たさ、輭(あたた)かさ、軽さ、清浄、臭わないこと、飲んで喉をいためないこと、飲んでもお腹をこわさないことを言うようです。(輭=軟)
南無釈迦牟尼世尊

お釈迦さま誕生の地です。

2021.02.15
お釈迦さまが亡くなられた事を
「涅槃」と言いますが、
涅槃とはインドの古い言葉の「ニルバーナ」の発音を
そのまま漢字を当てはめているようです。
意味としては、迷いの火が吹き消された状態や安らぎにあたります。
また、命の火が消えた意味での亡くなる にもあたります。
涅槃図には、
中央に横たわれているお釈迦さま
頭北面西右脇臥(ずほくめんさいうきょうが)
頭は北、顔は西、右脇を下にしております。
「北枕」ではあまり寝ることがない私たちですが、
「北枕」は健康法でよく言われる「頭寒足熱」に適った寝方であるとも言われております。また、科学的にも地球の磁気に沿った寝方であると言われています。
「右脇臥」という右脇を下にした寝方も、心臓に負担のかからない寝方であり、永平寺での修行時代には、北枕ではありませんでしたが右脇を下にしていたような気がします。(たたみ一畳の中で寝るためにも)理想的な寝方なのかもしれません。
お釈迦さまの周りには沙羅の双樹が四ケ所にあり計八本
四本は青々とし四本は枯れて描かれております。
『平家物語』の冒頭に有名な
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。」
このようにお釈迦さまの死を悲しまれ
辺り一面の沙羅樹すべてが真っ白になり、葉や枝、幹も砕け落ちたという伝えもあります。
そんな沙羅林の風景が白い鶴が集まっているかのようにも見え
鶴林(かくりん)とも言っております。
亡き方の枕元や葬儀での祭壇に白い四華花があるのは
この故事によるものです。
お釈迦さまの周りには
諸菩薩をはじめ、倒れこみ失神されている阿難尊者や仏弟子、
鬼神、天部や動物の52類と
天から降りて来られるお釈迦さまの母である摩耶夫人
、亡くなられたときの様子などが描かれております。


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
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