曹洞宗 常圓山 皎月院

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お経

2020.04.10

法華経

私どもの曹洞宗は法華経のお経を読みます。

御開山である高祖承陽大師道元禅師さまは

出家するとともに、当時では仏教教学を学ぶ最高峰である

比叡山にて修行され、天台の教えをも学ばれておりました。

ですので、法華経の教えを基本教義としておられている考えがあるとも思います。

教えとはすべてお釈迦さまの法、教えでありますので

素晴らしく尊い教えであります。

 

曹洞宗では、鳩摩羅什(くまらじゅ)訳の

法華経八巻の二十八品の中から

観世音菩薩普門品(観音経)第二十五・如来寿量品(寿量品)大十六

如来神力品(神力品)第二十一・安楽行品(安楽品)第十四

これらの四品をもちい

特にわたしは観音経偈、寿量品偈はよく読んでおります。

「如来寿量品」は

字のごとくお釈迦さまである「如来」の寿量「いのち」をたたえたお経です。

 

『妙法蓮華経如来寿量品』(みょうほうれんげきょうにょらいじゅりょうほん)

読む、読経すことはなかなか難しいです。

なかなか口が回らず早口言葉を発することが苦手な私には難易度が高いお経です。

ですが、お経そのものの意味が分からなくとも

読むこと、読もうとすることだけでも

”発心・修行・菩提・涅槃”の行持道環(ぎょうじどうかん)の

発心(発菩提心)と修行を行うのです。

とはいえ、内容も知っていただければとも思いますので

これから学んでいこうと思います。

禅のことば お経

2020.02.05

舎利礼文3

2月15日
80才のご生涯をとじられたのは、

シャカ族の王子として誕生された
幼名 ゴータマ・シッダールタ
として産まれ
お釈迦さまとして呼ばれ
曹洞宗の御本尊さまのことです。

『舎利礼文』
の続きですが、
『発菩提心 修菩薩行 同入円寂』
(ほつぼだいしん しゅうぼうさつぎょう どうにゅうえんじゃく)
<修行や覚りを求めようとする心を起こさせてくださり、 修行や覚りを実践させてくださったり 皆、すべてが涅槃となる寂浄の境地へとみちびき入れてくれる>

『平等大智 今将頂礼』
(びょうどうだいち こんじょうちょうらい)
<すべてに対して隔てなく、大いなる偉大な智慧と 今をまさに頂戴し、礼拝致します。 3回にわけ 『舎利礼文』を詠ませていただきました。 ありがとうございます。

お釈迦さまはとても偉大で
常に
想い慕い礼拝の対象の
御本尊さまです。
南無釈迦牟尼佛
なむしゃかむにぶつ

お経

2018.01.10

南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)

観音さまの功徳を
説きました経典がございます

『延命十句観音経』です

観世音(かんぜーおん)
南無仏(なーむーぶつ)
与仏有因(よーぶつうーいん)
与仏有縁(よーぶつうーえん)
仏法僧縁(ぶっぽうそうえん)
常楽我浄(じゅーらくがーじょう)
朝念観世音(ちょうねんかんぜーおん)
暮念観世音(ぼーねんかんぜーおん)
念念従心起(ねんねんじゅーしんきー)
念念不離心(ねんねんふーりーしん)

観音さまの信仰を十句、
字数にして四十二字の
短いお経です。

観音さまの慈悲深い徳をあらわし
仏教の根本的な教えである
「縁起」と
その信仰の根拠を挙げながら、
わたしたちが
「仏・菩薩」の
生活をするべく誓いを立てているように
構成されているそうです。

「朝念観世音(ちょうねんかんぜーおん)
 暮念観世音(ぼーねんかんぜーおん)」では、
朝に夕べに観音さまを念じその徳を讃え、
慈悲の心へと近づく誓い。

「念念従心起(ねんねんじゅーしんきー)
念念不離心(ねんねんふーりーしん)」では
観音さまを常に念ずるならば、
慈悲の思いがわき起り、
決して観音さまの心から離れることはないであろう。
と説かれております。

お経

2017.08.31

遺経(ゆいきょう)その7

仏垂般涅槃略説教誡経

八大人覚の残りですが、

5、不忘念
【不忘念の功徳】
善き導き手(善知識)を求め、善き道の友を求めたいと思うならば、
心の方向を忘れないこと(不忘念)です。
心の方向を忘れない人は、あらゆる煩悩という賊も入ることはできないでしょう。もしも心の方向を失う人はさまざまな功徳を失います。
心の方向を思う力が強く確かであれば、欲望という賊のなかに入っても、
欲望の危害は受けないでしょう。 たとえば、鎧を着ていれば戦場に入っても怖いことはないようなものです。

6、禅定
【禅定の功徳】
心の方向を内におさめている人は落ち着きの静けさ(定)に安住しています。 心が落ち着き、安住しているから、世間の生死無常の姿〈縁起〉がわかるのです。いつでも励んで、落ち着きの修行をしなさい。落ち着きの静けさを得た人は心が散乱しないのです。
水を大切にする農家が田の畔や堤防を良く管理して修理するようなものです。修行者もまた同じで、智慧という水を大切にするからこそ、よく坐禅の静けさ(禅定)を実践して智慧を漏らさないようにするのです。

7、智慧
【智慧の功徳】
もしも真実なる智慧があれば、貪り、執着の心は起きないでしょう。
智慧をもたない人は、仏道者とはいえません。
真実なる智慧の人は、老、病、死の苦しみの海を渡るしっかりとした船なのです。また、智慧の明かりがない暗闇を照らす大灯明です。
すべて病む人の良き薬です。聞法、思惟、実践の智慧をもって、
自身の智慧の利益を成長させましょう。
もしも人に真実なる智慧の明かりがあれば、肉体的な眼で見ているのであっても、智慧の眼で見る人といっていいでしょう。

8、不戯論
【不戯論の功徳】
もしも、さまざまなつまらない会話(戯論)をすれば、その心が汚れ乱れます。それでは、出家して世間を離れたといっても、まだ世間の煩悩を脱出していません。もしも、静寂、静けさのわ喜びを得たいと思うなら、
ただただつまらない会話を消滅すべきです。

次回からは第四段へと

お経

2017.08.30

遺経(ゆいきょう)その6

仏垂般涅槃略説教誡経(ぶっしはつねはんりゃくせっきょうかいきょう)

次に第三段には
仏教徒として実践すべき功徳として八大人覚(はちだいにんがく)が
説かれます。
1、少欲
【 無求の功徳】
欲望の多い人は利益を求める気持ちが多いので、
苦しみ悩むことも多いのです。
欲の少ない人は、人の好意を欲しがることも五根による煩悩にも引きずられません。小欲を実践するものは、心が平らで憂と恐れがなく、
事態にふれても余裕があり、いつでも不満に思うことはありません。
欲望が少ない者には静けさ(涅槃)があります。

2、知足
【知足の功徳】
もしいろいろな苦しみ、悩みから抜け出したいと思うならば、
まさに足るを知ること(知足)を観察するべきである。
足るを知る人は地面に寝ていても安楽だといいます。
満足することを知らない人は、御殿に住んでいても満足することはありません。
足るを知る人は、物はなくても心は豊かです。

3、遠離
【遠離の功徳】
静寂で損得を忘れた世界の安らぎを求めたいと思うなら、
乱れてうるさいところを離れて一人居に静かに暮らすべきです。
自分の仲間や人々を離れて、苦悩を消滅させる根本を思うべきです。
そうでなければ、大きな樹に多くの鳥が集まると、
枯れて折れる心配があるようなものです。
俗世間の束縛と執着は大勢から起こる苦悩に埋没するのです。

4、精進
【精進の功徳】
努め励んで心をこめて進む努力(精進)をすれば、
物事として困難ということはないでしょう。
わずかな水が常に流れて石に穴を開けるようなもののように、
進む努力をしなさい。
もしもやる気を失えば、火おこしのキリをもむのに、まだ熱がたまっていないうちに疲れてやめてしまえば、すぐに冷えてしまい、
火を求めているのに、火を得ることは難しいようなものです。

次回は残りの
5、不忘念
6、禅定
7、智慧
8、不戯論
を書きたいと思います。

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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