曹洞宗 常圓山 皎月院

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曹洞宗

2021.12.30

本尊さま

皎月院の本堂改修工事も終わり

少しずつ整ってまいりました

一仏両祖並びに左側が

中国へ禅を伝えられた達磨大師

右側は道元禅師さまの帰国の安全を護ってこられました大権修理菩薩さま

正式には招宝七郎(じょうほうしちろう)大権修理菩薩というながい名前です。

もとは中国での神さまなのです。

阿育王山(あいくおうざん)という山に住み

命をかけて海を渡る人たちの安全を守る神

と信仰されてきました。

日本で曹洞宗を開かれた道元禅師さまが、中国から戻って来る際、道元さまの安全を護るためにずっとそばに付き添い見守られたと伝わっています

大権修理菩薩さまの御加護があってこその今があるので、曹洞宗では大切にしております

曹洞宗 仏さま

2021.12.07

成道会

12月8日はお釈迦さまが悟りを開かれた日であり

道(仏道)を成された

お釈迦さまを祝う日でもあります

また、仏の教えが開かれたことでもあります

そうです。仏教の誕生日とも言える日なのです

お釈迦さまは、29歳で王子の地位や家族など全てを捨て出家されました

6年にも渡る苦しく激しい苦行をされましたが、そこには心の平安を得ることができないとわかり

苦しみの修行をやめ、尼連禅河で身を清め

村の娘であったスジャータによる乳粥の施しにより

身体を調え菩提樹の下で静かに坐禅をされました

8日目の明け方

明けの明星が登るのを見て

悟りを開かれたとされます

 

私たちは、坐禅を通してお釈迦さまの成道

仏道の誕生を祝い

その素晴らしさを讃えている日であります

 

曹洞宗 瑩山さま 境内整備

2021.11.05

移転

11月5日は

大本山總持寺が

能登より移転された日とされます

 

太祖瑩山紹瑾けいざんじょうきん禅師が開かれた總持寺は

明治31年(1898)の大火により

明治44年(1911)に横浜市鶴見へ移転されることになりました

また、平成19年(2007)3月

能登沖で発生した地震により大被害を受けましたが、

14年の歳月をもって 全ての伽藍復興の修繕工事が無事に終わられました

更には、開創700年を迎えることもできました

能登の總持寺祖院では只今

皆様の参拝をお待ちしております

曹洞宗

2021.10.27

首座法戦式

首座法戦式とは

曹洞宗の僧侶は初めに「得度とくど」の式を受け出家のみとなります。そして僧侶としての決心がつきますと

「立職りっしょく」の式を行わなければなりません。

この立職の式をする修行僧を「首座しゅそ」と言います。

法戦式とは

御住職さまに代わりまして、禅の修行や悟りについての問答をやり取りする式です。

いろいろな問答を交わすことから、法の戦い、法戦式と言われます

見事な問答をされました

 

 

曹洞宗 法要

2021.10.26

晋山式

先日

新たに御住職さまになられた御披露である

晋山式(しんさんしき)がありました

晋山式の「晋」は

すすむという意味があります

「山」とはお寺を意味します

どのお寺にも山号というものがあり

皎月院では「常圓山じょうえんざん」です

晋山とは山にすすむ、お寺に入るということになります。その際には曹洞宗の管長猊下より任命の辞令をいただくことにより、正式に新住職(新命)の誕生となります。 それにより御本尊さまやそのお寺の御開山、今までの歴代住職さま方々へご挨拶をされる儀式であります

【入寺式の模様】

晋山式の後には

晋山開堂(しんさんかいどう)

「開堂」とはそのお寺の仏法興隆をお祝いし本堂を開くと言う意味です

このお寺の本堂を皆々様に開放し

多くの人に布教することを宣言する儀式でもあります

 

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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