曹洞宗 常圓山 皎月院

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禅のことば

2019.09.30

道元禅師 略歴

9月最終日

簡単ではありますが、
曹洞宗御開山高祖承陽大師道元禅師
略歴
1200年1月2日(陽歴1月26日)
京都で誕生され、幼少の頃の名前は
文殊丸とされてます。
1207年8歳の時に母を亡くされ
この世の無常を感じ、出家への志が芽生える。
13歳で比叡山に上り、
翌年に剃髪し出家得度(しゅっけとくど)され
名前を文殊丸から道元へと
比叡山(天台宗)では求められない疑問を
18歳より比叡山から京都建仁寺(臨済宗)へ
24歳の時
建仁寺での修行先輩である
明全(みょうぜん)和尚と共に真の仏道を求め
中国、宋へと渡る
2年間修行道場を巡りましたが
26歳、再び天童山へ
そこで本当の師と仰ぐことになる
如浄さまと出会う
それからというものは、
疑問や考えることのすべてを如浄さまへ
多くの教えを学び坐禅修行に邁進されました
この頃の問答は
『宝慶記ほうきょうき』として残されております

如浄さまは居眠りをしている僧に対して
「坐禅は必ず身心脱落(しんじんだつらく)でなければならないのに、居眠りをして何をなしうるのというのか」と一喝
この言葉を聞いて
身も心もありとあらゆるとらわれから解放され、
自由自在の境地へ 成道(じょうどう)
「正伝の仏法」を受け嗣がれ
28歳に日本へと帰国される

帰国後すぐに
『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』
正しい坐禅の作法や教えの書物を執筆される
32歳の時には
『弁道話(べんどうわ)』
坐禅の教えと実践が正しい仏道であることを
問答形式で執筆
亡くなるまで多くの書物を執筆
『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』
100冊程のようです

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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