
2021.11.28
『慈悲』
私たちもお釈迦さまの教えとしてよく使う言葉です
ですが、本当は「慈」と「悲」で分かれております。
「慈」とは言うなれば友情とし
「悲」は同情を意味するのかもしれません
それは友情のために喜びや楽しみをもたらす行いをする心であるのが「慈」であり
嘆きや苦しみを少しでも取り除こうとする行いのことを「悲」なのです。

2021.11.21
心外無別法(しんげむべっぽう)
幸せや不幸せというものは
自分自身の心が作り出した現象であり
私たち自身の心の持ちよう次第で変えることができます
幸せには敏感になり
不幸せには鈍感になれるようにもしていきましょう

2021.11.09
八王子市仏教会青年部にて作成しました
日めくり法語カレンダー

11月10日高尾山にて販売します

https://hachibutu.jp/youth-club-40th-anniversary-project-daily-flip-book-calendar-of-buddhist-words/
よろしくお願いします
仏舎利塔にて成道会の法要も
八王子市仏教会にて厳修致しますので
そちらへもお越しください
2021.11.02
今年も残り2ヶ月となってしまいました。
般若心経の1文に『不垢不浄ふくふじょう』
があります。これは、
垢も浄も生じない、不生である。その中に存在するものはすべて恒常ではなく無情である。ということです
垢とは、こびりついていたり濁っていたりと汚いものと考えてしまい
浄とは、キレイで美しい、澄んでいるものと考えられます
そのどちらでもないということです。
禅の教えでは、
頭で考えたり思うこと、または心で感じたりするという日々私達が何となしに使う感覚を無くすということ、何も心に生じていない状態が、穏やかな生活を送る術として説かれております。

2021.09.25
「人は生まるるは難く、いま生命あるは有り難く
世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有り難し」
パーリ『法句経』
(人間として生まれる事はとても難しく、今の生命あるという事はとても有り難く、この世に仏さまが存在する事は難しく、仏さまの教えを聞くことができるのはとても有難い)
私たちの人生は全くもって思い通りには行きません。それにより、悲しみや苦しみに悩んでしまいます。
「安心」と言う言葉がありますが、仏教では「あんしん」ではなく「あんじん」と読みます。
それは、迷いがない境地であることです。
その為には、智慧を積み重ねること。悲しみや苦しみを智慧により喜びと受け止める事が出来るようになれる。その境地が「安心」なのだと思います。
智慧を備えるには自分一人ではなく、良い御縁に恵まれることも大切です。
難しい世の中であるからこそ
常に「有り難い」、「ありがとう」と思える気づき
そのような心が必要なであり、思えることにより「安心」を得る生き方なのかもしれませんね。

南無釈迦牟尼佛

清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
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