
2020.10.03
お経もそうですが、「般若心経」も
漢字ばかりでわからなく、何が書いてあるか分からないかと思います。
お盆や御法事、お葬式でも唱えるお経だけども
大人に聞いても分からないことが多いし、先生に聞いても難しい言葉が多いかもしれません。もちろんわかるかたもいますので、まずは聞いてみましょう。
でも、なぜ分からないことだらけのお経を読むのか?
それは、
分からないかもしれませんが、
自分の為のお経であり、
「般若心経」なのかもしれません。
今のあなたは
自分中心でものごとをみていませんか?
言い替えれば「必要以上にこだわってませんか?」
または、
「ものを差別や区別して見ていませんか?」
「色メガネのように肩書きや外見で判断してしまって見ていませんか?」
ましてや
「疑いの心で見ていませんか?」
逆に
「自由な心で優しく、おおらかなに生きていますか?」
と「般若心経」は問いかけているのです。
人は、十人十色なんです。いろいろな見方が必ずあります。ましてや国や地域。信仰もです。
ですが、そのどれもが絶対ではありません。
たとえば、
死を迎えるまで幸せに暮らす人もいれぱ、
不幸な心で暮らす人もいます。
「般若心経」では、それは
欲望や執着心が多すぎてしまったからだと言っております。
『般若心経』の教えとは、
欲望や執着心を捨てて
こだわらない心で
おおらかに生きるということが教えの核なのです。
それはお釈迦さまの教えでもあり
私たちの思うところなのです。
2020.09.30
昨日の9月29日、御征忌(ごしょうき)法要の後、大本山永平寺貫首福山諦法(ふくやまたいほう)猊下(げいか)が退董(たいとう)されました。
福山諦法禅師は、2008年4月より永平寺の貫首、曹洞宗の管長に就任されました。
同日付にて大本山永平寺の副貫首であられました南澤道人(みなみさわどうにん)老師が大本山永平寺の貫首に就任されました。
福山禅師による最後のご挨拶は、「感謝の人生だった」と振り返られ、山内の役寮(やくりょう)・大衆(だいしゅ)、 山外からの多くの関係者からの拍手を送る中、永平寺を下りられました。

昨日からの、令和2年9月29日付にて大本山永平寺の新貫首は、南澤道人猊下が永平寺の貫首並びに曹洞宗管長に就任いたしました。
この度の退董に至る経緯ですが、ご高齢などの理由により猊下ご自身からの申し出があったとされております。
永平寺貫首がご生前に交代されるのは44年ぶりであられました
新たに猊下、ご禅師になられたのは、
札幌市中央寺の御住職であられました南澤道人老師(長野県)(93歳)がご就任なされました。

私が永平寺に修行していた時も、監院(かんにん)という立場で私たち修行僧を見守ってくださっておりました。
どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m 合掌
2020.09.24
大本山永平寺では、昨日の9月23日から29日にかけて
大本山總持寺では、10月12日から15日にかけて
各大本山にてでは
毎年、道元禅師さま瑩山禅師さまのご供養をしております。
この期間を本山では、「御征忌(ごしょうき)」と呼んでおります。
各地の各寺院では、9月29日を
「両祖忌(りょうそき)」と呼んでご供養しております。
お二人のご命日はそれぞれ違う時期でありました。
道元禅師さまは、1253年8月28日 54歳
瑩山禅師さまは、1325年8月15日 62歳
と違うのですが、これは旧暦・太陰暦です。
明治以降では、西洋の「太陽暦」という太陽の動きに合わせた暦を採用することになりました。
そのため旧暦の日付の読み替えが行われた結果
同じ9月29日となられました。
こんなことあるんですね( ゚Å゚;)

駒澤大学付属高校の一佛両祖(いちぶつりょうそ)です
2020.09.17
『無尽蔵(むじんぞう)』
実はゴールはないのです。
日課の散歩であっり、
トレーニングにしても
ゴールや目標は誰しにもあるかと思います。
ですが、ゴールに近づくにつれ気持ちが崩れてしまいます。または、ゴールするまで頑張れる方もいるかもしれませんが、
仏教というものを学べば学ぶほど
とっても遠くて近きは男女の仲感じてしまうのは
私だけではないかと思っております。
ですが、學べば学ぶほどゴールが遠ざかるということは、それほどお釈迦さまの教えというのは、
本当に素晴らしい教えであり、智慧であるとおもっております。
《仏教の教えは無尽蔵です》

2020.09.14
良寛さんファンの一人として
夏目漱石さんがいます。
明治を代表する言わずと知れた小説家ですね。
夏目漱石さんは、
「良寛を得る喜びに比ぶれば悪筆で恥をさらす位はいくらでも辛抱つかまつる」
と書き残すほどの思い入れがあります。
良寛さんは、1758年~1831年に生きられた詩人の僧侶として有名です。本名は、山本栄蔵と言われております。僧侶としての号は、大愚。新潟県の出雲崎の生まれとされております。
生家は、石井神社の祠職と名主職とを兼務されており、父は、俳句に親しまれておりました。
この時代は、とても自然災害が多く、火災や台風、伝染病の発生に浅間山の大噴火など次々と起こった時代でした。
出家は18歳の時だそうです。岡山県倉敷の円通寺の国仙和尚に師事され、修行されながら諸国をまわられました。
「日がな一日、村の子どもと鞠つきわして遊んでいる僧」
として
『霞立つ 永き春日を こどもらと
手まりつきつつ けふも暮らしつ』


清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
どうぞよろしくお願いします
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