曹洞宗 常圓山 皎月院

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2025.03.20

お彼岸お中日

今日は地下鉄サリン事件から30年

前代未聞のテロ事件です

当時私は駒澤高校一年生でした

学校の剣道部の道場で事件を聞いた記憶があります

未だに後遺症に悩まされている方々がいることを忘れてはいけない

 

嬉しい情報も

今夜は、サッカー日本代表がどこよりも速く

ワールドカッブ出場を決めました

おめでとう!!

 

仏さま 季節

2025.03.19

春のお彼岸

各地では寒波となってますが

東京は気温が低めですが、日差しがありお墓参り日和です

 

お彼岸の「彼岸」とは、向こう岸のことです。

インドのことばでパーラミター

波羅蜜に由来します。

〈こころおだやかなさとりの境地〉という意味です。

仏教ではおさとりの岸に渡るには、

六波羅蜜(ろくはらみつ)を実践する事を大切にしております。

六波羅蜜とは

布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、

精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)です。

私たちがお仏壇やお墓に向かって

お参りすることはそれなりに意味があります

仏さまに お水やお花を奉るという心は

お布施(ふせ)=与えるということです

そのお花は 忍辱(にんにく)=耐え忍ぶことを表したものであり

怒りや腹立ちなどの煩悩を忍耐する、心の象徴とされています。

お線香をあげるのは、精進(しょうじん)=努力すること

お線香は一度火をつけますと、燃え尽きる最後まで持続します。

私たちも最後まで辛抱強く、努力精進する心が大切です。

お膳を供えるのは、禅定(ぜんじょう)=心の安定。

腹が減っては戦はできぬ。何よりもまず、

お腹を満たすことが大事です

そして暗闇の中(自分の煩悩や迷い)に

ホッと明かりが灯る

その明かりが 智慧(ちえ)の灯明です。

このように、仏さまに供えるものは一つ一つ

自分の心の象徴であり

左右に花と灯明、真ん中にお香

その前にお膳というように位置が決まっています

この位置が決まっていることが、持戒(じかい)=戒律です。

.日常茶飯の仏事にも、深遠なる教えが含まれています。

お仏壇やお墓に向かって 合掌礼拝することは、

「六波羅蜜を行ずる」ことになり

私たちは日頃から「修行」を行っているのです。

また、曹洞宗のご本尊・お釈迦さま

『南無釈迦牟尼佛(なむしゃかむにぶつ)』

と三度お唱えしましょう。

曹洞宗 瑩山さま

2025.03.15

洞谷山永光寺

石川県羽咋市にある

洞谷山永光寺(とうこくさんようこうじ)へ

青年部一歩の会で拝登しました

https://www.instagram.com/p/DG2C0rypMoE/?igsh=MXZzMmZld3R3bWozMw==

永光寺は、永平寺で修行された瑩山禅師さまが加賀の大乗寺から移り、總持寺を開く前の1313年に創建された古刹です

ここには、五老峯という五人の祖師、遺品をおまつりしている大切な場所があります

五人とは、道元禅師さまの師匠である天童如浄禅師さま(語録)、永平道元禅師(霊骨)、孤雲懐奘禅師(血経)、徹通義介禅師(嗣書)、瑩山紹瑾禅師(五部大乗経)です

五老峯は、1323年曹洞宗の法燈をしっかりと伝えるために築かれました

瑩山禅師さまは、8歳で永平寺に登り、三世徹通義介禅師さまにて剃髪され、二世孤雲懐奘禅師さまよら出家得度され、名前を行生(ぎょうしょう)から紹瑾(じょうきん)となりました

18歳で諸国行脚をされ始め、福井の宝慶寺の寂円禅師や、臨済宗や比叡山の天台宗を学び、その後、大乗寺に移られた徹通義介禅師のもとでも修行され、阿波国の城萬寺を開かれます

再び大乗寺へ戻り、1302年35歳の時

徹通義介禅師さまから住持を受け継ぎ二世となられ10年勤められます

1312年45歳で永光寺を、1321年54歳で能登輪島總持寺を開かれます

1324年57歳で永光寺へと戻ります

1325年8月15日夜半に永光寺にて遷化されます

(62歳で遷化された説もあります)

曹洞宗 一歩の会

2025.03.15

總持寺祖院

今も震災直後と変わらない入口

山門は耐震補強工事により無事でした

回廊は全て撤去されました

回廊が無くなったため法堂や仏殿は丸見えです

お話を聞きますと

法堂や仏殿は耐震補強工事により

倒壊を免れたようです

もちろんゆがみはあります

3月上旬 青年部、一歩の会にて行って参りました

行事

2025.02.22

阪神・淡路大震災

1995(平成7)年1月17日(火)午前5時46分

阪神・淡路大震災

あれから30年が経過しました

復興の流れと今を現地にて研修する

東京都宗務所主催

「ひと」と「まち」神戸の震災と復興

に途中からですが参加してきました

 

阪神・淡路大震災の震源は淡路島北部とされ

マグニチュード7.3

関西では1946(昭和21)年の南海地震よりあまり地震がなく、関西では地震は起こらないという神話まであったようで、警戒心が薄く、知識や対応する心得が乏しかったようです

明け方の時間であったことは

多少救われたのかもしれませんが

戦後最悪の極めて深刻な被害をもたらしました

この地震で出現した野島断層

淡路島にある野島断層保存北淡震災記念公園へ

ここでは、断層をそのまま保存されており、地震の凄まじさと脅威を見て感じとることができる大切な場所です いつどこで起こるかわからりませんが、備える大切さ、必要性を感じとれます

短時間で

このように変貌 横ズレが凄いです

下の写真は、元々の地面から断層のズレにより上へと一瞬で隆起したとのこと

防災の基本として

自分の命は自分で守る

そのためにも備えることが大切です

飲み水の保管場所は1ヵ所ではなくいろんな所に

外の物置にも置いておくと良い

破損した物が散乱しているため

絶対に素足では歩かない

足を怪我してしまったら逃げられません

必ず足にはタオルや布を巻いたりして防護保護する事、靴やホイッスル、懐中電灯を近くに置く

但し、地震の揺れにより飛んでいってしまうため紐で掛けておくことを勧められました

ホイッスルは体力の消耗を抑えられ、周囲が報道や消火活動のヘリや車などの騒音があっても音が遠くまで届くようです

 

 

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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