曹洞宗 常圓山 皎月院

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御詠歌

2019.06.29

まごころ=おもいやり

曹洞宗梅花流詠讃歌
「まごころに生きる」
作詞・作曲 南こうせつ

(無常)
1.そよ吹く風に小鳥啼き 
川の流れもささやくよ
季節の花はうつりゆき 
愛しい人は今いずこ
ほほえみひとつ涙ひとつ
出逢いも別れも抱きしめて
生きてる今を愛して行こう

(同事)
2.広がる海ははてしなく
全ての命はぐくむよ
人の心もおおらかに 
互いを敬い信じ合おう
ほほえみひとつ涙ひとつ
出逢いも別れも抱きしめて
生きてる今を愛して行こう

(利行)
3.幼い頃にいだかれた 
温もり今も忘れない
この世でうけた幸せを 
そっとあなたにささげましょう
ほほえみひとつ涙ひとつ
出逢いも別れも抱きしめて
生きてる今を愛して行こう

禅のことば

2019.06.26

合掌

「右仏 左は我と 合わす手の 仲ぞゆかしき 南無の一声 」

合掌は、仏と我等とが一体となっていることを表しています。
左右の手のひらを胸または顔の前で合わせること
それは仏や菩薩などを礼拝するときの作法であり、
仏教徒の間では日常の挨拶にも用いられます。

合掌は、古くからインドで行われていた
「敬礼」(きようらい)作法の一種で、
これが仏教でも取り入れられました。
インドでは、食べ物をつまむ「右手は清浄」
反対に「左手は不浄」とみなし、
右手を仏(聖なるもの)、
左手は衆生(しゅじょう)を表すものとして、
これらを合わせたところを、
仏と衆生が合体した姿、
すなわち「成仏の相」(そう)
を表すものと考えます。

右手は仏の象徴で、清らかなものや知恵を表し
左手は衆生、煩悩妄執の自分自身であり、
両手を合わせることにより、
仏と一体になることや
「仏への帰依」
を示すものです。

また、他人に向かって合掌をすることは、
その人への深い尊敬の念を表すものでもあります。

その他

2019.06.23

イノシシ

どこで駆除されたかわかりませんが、
お寺の前にて合流しました。
今年は野生動物が頻繁に出没してます。
お寺の裏山でもイノシンにシカ、猿も来てます。
駆除要請を地域で先日出しました。

禅のことば

2019.06.22

枕飯

「枕飯」(まくらめし)
「一膳飯」(いちぜんめし)
亡き人へ、ご飯を炊いて
茶碗に山盛りのご飯にしてお箸を中央に立てて供えます。
(浄土真宗や神道ではお供えしません。)
お亡くなりになられた方が、
この世で最後の食事をするという意味をこめてお供えします。

死者は、これを食べて「三途の川を渡る力」とするとも言われます。
また昔の人は、死を「恐れ」や「穢れ」と考えていましたので、
ご飯を炊く際にも「別火」(べっか)と言って、
家庭内の釜は使用せずに、
家の外で石などを利用して臨時の釜を造りお米を炊きました。
枕飯はあの世まで持って行くという意味があり、
土葬の時は墓地まで持っていて供えしますが、
最近は火葬ですので出棺の時に茶碗を割り
今生との縁を切ります。

ご案内

2019.06.22

とうろう流し

来月、7月20日土曜日は
八王子市仏教会による
とうろう流しです。

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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