曹洞宗 常圓山 皎月院

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道元さまのお言葉

2020.07.08

足の裏

皆さまは普段足の裏を見ながら足を洗っておりますか?

かかとや土踏まず、足の指と指の間など、

 

道元禅師さまの本師である如浄禅師さまは、「坐禅修行の生活をする禅僧は、かならず足を洗いなさい」と指導されていたようです。

手の甲や足の甲はよく見えますし、大地に接触する機会が少ないです。逆に足の裏は常に大地を踏みしめ、掌により大地からの恵を感じております。ですが、坐禅をするには足を組みます。その時には足の裏は両方ともくるりと天の方に向き、法界定印の手を組みますと、ひらもまた天を向きます。

だからこそ手を洗い足の裏を洗うことを勧め、指導されたのでしょう。しかもそれが1225、6年頃 道元禅師さま26歳頃の話ですので大切にしなければなりません。

インド クシナガラにて

 

道元禅師さまの書物

『正法眼蔵』洗面の巻にて

「経行をはりて、さらに端坐坐禅せんとするには、かならず洗足するといふ。足けがれ触(そく)せるにあらざれども、仏祖の法それかくのごとし。」

このように坐禅と坐禅の間にも足の裏を洗うようにも記述され残されております。

 

 

道元さまのお言葉

2020.06.06

爪を切ること

前回のブログにて

4、9日は浄髪(じょうはつ)髪を剃る日であると記しましたが、他にも爪をしっかりと短く切る日でもあります。今月ですと6回です。来月もですけどね。

皆さんは月に何度爪を切りますか?

私は4回くらいかもしれません。ですが短いです。

道元禅師さまは、中国へ渡り、天童山景徳寺31世如浄禅師さまを本師とされ修行されました。

その際、如浄禅師さまの言葉を

しっかりと忠実にまもられ、それを

『正法眼蔵』の「洗浄」の巻きにも残されております。

 

【十指の爪をきるべし、十指といふは、左右の両手の指のつめなり、足指の爪もおなじくきるべし】

このように残されております。

髪や爪を長く伸ばすという事は、お釈迦さまの戒められたことであり、道元禅師さまの真の師匠である天童如浄禅師さまからの教えでもあるのです。(当時、有髪であったり髪の長い僧侶も居たようである)したがって体や心を浄くする事に心がけ、さらには爪を切り髪を短くする事さえも私たち僧侶は一所懸命やるべきなのです。

境内の紫陽花が少しづつ咲いてきました。

梅雨が近づいて来たのですね。

 

道元さまのお言葉

2020.06.04

歯磨き

本日6月4日は

歯と口の健康習慣とされているようです。

道元禅師さまは、日本で初めて歯磨きの

大切さや必要性についての書き残されております。

それは、

『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の「洗面」「洗浄」の巻にあります。

道元禅師さまは、日常の行いにとても綿密であり

生活のすべてが仏行であるとされております。

ですので顔を洗う作法や口を洗う作法、4、9日には

浄髪(じょうはつ)髪を剃り、入浴の日とも定めております。

「洗面」の巻に

 

【はのうへはのうち、みがくがごとくとぎあらうべし。

たびたびとぎみがきあらひすすぐべし。

はのもとのししのうへ、よくみがきあらふべし。

はのあいだよくかきそろへきよくあらふべし。

嗽口(そうこう)たびたびすればすすぎきよめらる。】

 

このように、木の楊枝を使い

歯の表や裏を磨き洗いすすぐことや、歯茎や歯と歯の間もよくかいて洗うこと。

口をすすぐと浄められると。

口をすすいでいる際に唱える偈文があります。

【澡嗽口歯(そうそうくし) 当願衆生(とうがんしゅじょう)

向浄法門(こうじょうほうもん) 究竟解脱(くぎょうげだつ)】

口歯を澡漱せば、当に願うべし、衆生、

浄き法門に向かいて、究竟じて解脱せんと。

 

道元禅師さまは、四季折々の自然も私たちの日々の生活姿も

すべてが仏さまの行いであり、仏作仏行であると重んじております。

 

道元さまのお言葉

2020.06.01

水無月

今日からまた新たな月となり

身心ともにスタートです。

道元禅師さまの書物

『正法眼蔵』の「洗面」の巻に

 

【身心(しんじん)を澡浴(そうよく)して、香油をぬり、塵穢(じんえ)をのぞくは、第一の仏法なり。

新浄の衣を著する、ひとつの浄法なり。】

 

とあります。

道元禅師さまは、はじめ比叡山に登り修行されました。

比叡山での修行中、『法華経』を学ばれております。

その法華経には、「香油を身にぬり、よごれを洗い清めて、清潔な衣を身にまとえば、内外ともに清らかである。」

と説かれているようで

からだをキレイにしたり、保つことの実践は仏道の実践なのです。

ですから、お墓やお仏壇の清掃も仏道修行なのです。

お風呂に入り、からだをキレイに洗い、香油を塗り、清潔にした衣類を身に着ければ、こころの中まですっきりと清らかになるのです。

「とっても気持ちがよい」

と誰もが感じるはずです。

その感じた思いこそ仏法であり、行う行動が仏道なのです。

新型コロナウイルスの影響で大変な苦労がありますが

清潔にする心掛けが皆さまに浸透されました。

そう言えば、

「洗面の偈」という言葉があります。

【以水洗面(いすいせんめん) 当願衆生(とうがんしゅじょう)

得浄法門(とくじょうほうもん) 永無垢染(ようむくぜん)】

~水を以って面を洗わば、当に願うべし、衆生

浄き法門を得て、永く垢染無けんと~

もう一つ「洗手の偈」があります。

【以水盥掌(いすいかんしょう) 当願衆生(とうがんしゅじょう)

得上妙手(とくじょうみょうしゅ) 受持仏法(じゅじぶっぽう)】

~水を以って掌を盥(あら)わば、当に願うべし、衆生

上妙の手を得て、仏法を受持せんと~

気持ちの良い生活が早く戻ること願います。

 

 

 

道元さまのお言葉

2020.05.31

洗顔

皆さんは毎朝顔を洗っておりますか?

もちろん必ず洗っているかと思いますが、

なぜ朝起きたら、まず顔を洗わねばならないのでしょうか??

寝ている間に汗をかいたりして汚れたからでしょうか?

まさかそんな理由ではないですよね

道元禅師(どうげんぜんじ)さまが書かれた書物である

『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』のなかの

「洗面(せんめん)」の巻に

 

【いまだ洗面せずば、もろもろのつとめ、ともに無礼なり】

 

の一文があります。

道元禅師さまは、洗面をしないで人とせっするのは無礼である。

それは浄らかな身心で接するのが礼儀だからです。身だしなみの大切さをもあらわにしております。

そして、洗面をすることは、朝の食事に対する感謝の念の身心でもあるのです。

ですので仏道(道元禅師さま)での考えでは、汚れているから洗顔をする考えではありません。

自分流の考えではあってはなりません。浄不浄を超えたもの、

汚れていようがいまいが、洗うという思いがそこにはあります。

もちろん道元禅師さまは、洗い方にも作法を書き記しております。

着物姿の寝巻ではなく、法衣(大衣)に着替えてから

しっかりとその法衣が濡れないように布を首の周りに巻き付けます。

水の無駄を省くために、洗面器に水をはり

顔の表面という記述ではなく、

額、眉毛、両目や周辺、鼻や耳や耳裏、頬を丁寧にゆっくりと洗うなど

というようにしっかりと書かれております。

どうぞ洗面をすることにより、

顔だけではなく身心をも洗うかのように洗ってみましょう。

 

 

 

 

皎月院 こうげついん 副住職プロフィール

皎月院副住職 清水 亨龍

清水 亨龍 こうりゅう

御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌

私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。

どうぞよろしくお願いします
(^人^)

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