2019.01.22
『春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり』
よくご存知の良寛さんは、俗世の欲を離れ、自然の中で、
静かに心豊かな生涯を送られた方です。
また、道元禅師の書かれた『正法眼蔵』も学んでもおられます。
自らの境地をたくさんの和歌や漢詩に書き綴っておられます。
その良寛さんの和歌に
「形見とて何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉」
というのがあります。
この和歌は、道元禅師の
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」
という歌を引用されたものだと考えられています。
季節季節のありのままの姿を無心で感じ取る道元禅師の
境涯が示されていて、詠む人々の共感を呼び、
特に川端康成がノーベール賞授賞式で引用したことで、
大変有名になりました。
歌は「本来の面目」と題されて詠まれたものなので、
四季の美しさというより、禅の悟りを直截的に表現したものです。
春は桜の花において真の姿を実現し(悟り)、
夏はほととぎすの鳴き声において実現し、
秋は月の輝きに、
冬は雪の冷たさにそれぞれ真理が実現されている、
ということです。
ですが、最近こんな話も聞きました。
それは、
「春は花」の花は、梅の華 であり、
「夏ほととぎす」は、師の如浄禅師さまが説法されたときに
ホトトギスが鳴いた話があるそうで
これから夏のホトトギスとは、如浄禅師さまを想われていたのではないかと、
「秋は月」とは、正法眼蔵にも月の巻きがあることから、
仏法そのまま、お釈迦さまを例えているともかんがえられまして、
「冬雪さえてすずしかりけり」は、
中国禅宗二祖慧可大師が12月9日に
達磨尊者を嵩山少林寺に訪ねて、雪の中に立って法を求めたにも関わらず、
入室を許されなかったため、自ら左臂を切断して達磨尊者に献げ、
求道の真心を示したことなどを想われ
春夏秋冬常に仏法の中なんだと
とても良いお話を聞きました。
清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
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