2020.11.06
曹洞宗大本山總持寺は、1321年(元亨元年)
能登(石川県)の地に瑩山禅師さまによって開かれました。
以来、能登にあって人々の信仰を集めてきましたが、
1898年(明治31年)4月13日午後九時から
14日午前2時まで、5時間にわたる火災により伽藍(がらん)の大部分が焼失したのを契機とされ、
時代の推移と宗門の要請により1911年(同44年)に横浜鶴見の地へ移転されました。
2011年(平成23年)は、總持寺が横浜に移転して100年目の節目にあたりました。
ですが、調べていきますと移転の原因は明治政府による
宗教政策である神仏分離令やそれに伴う廃仏棄釈が行われ、日本仏教史上最大の法難であったともされます。
経済的にも1871年(明治4年)に行われた社寺領上地令により、
寺領の四百石も政府に没収されてしまう。
また、多くの援助を受けていた前田家からも途絶えてしまったからでもあるようです。
それにより多くの借金をされてもいます。
消失カ所は、仏殿、法堂などのメインや修行する大部分が消失してしまいました。
1590年(天正18年)と1806年(文化3年)にも火災により被害は甚大でした。
幸いなことに、経蔵や宝蔵が消失しませんでした。助かりました。
明治44年11月5日に、
移転遷祖式として当時の總持寺禅師さま石川猊下により法要が行われました。
それからは、11月5日を總持寺御移転記念日とされております。
清水
御縁をありがとうございます。
駒大高校、駒澤大学卒業後平成13年冬に大本山永平寺(福井県)へ安居(修行)。平成15年より北海道へ修行。平成23年4月より皎月院へと戻り副住職として補佐をさせて頂いております清水亨龍(こうりゅう)です。 合掌
私の趣味はクライミング、スノーボードなど身体を動かす事です。また旅行も大好きです。ぜひ皆さま気軽にメールやお電話お待ちしております。
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